マコです。
私は生まれつき「アトピー性皮膚炎」です。
今も完治はしておらず、日々腸活に励んで完治を試みています!
いつもは腸活×アトピー性皮膚炎のことを発信させていただいているのですが
今日は英語のことについて少しだけ。
タイトルだけを読むと誤解を招きそうなので事前にここだけは明確に!
私が言いたいのは英語が話せることが重要ということではなくて
日本語と英語両方話せることで、気持ち的な逃げ道を確保してあげることが重要ということです。
もう少し詳しく書いて行きたいと思います。
①仲間外れにされた過去
まだ日本語がままならない状態でアメリカに行ったのもあって
帰国する頃にはほぼ英語しか話せない状態で帰ってきました。
なので帰国後は、日本語が上手く話せなくて仲間外れにされることもたくさんありました。
「学校行きたくない」「アメリカ戻りたい」とばかり思っていました。
でもやっぱり現実問題、アメリカに戻ることができるわけもなく
日本語の勉強をシャットアウトするかのように洋書の世界へ逃げ込んでいました。
②自分を見失っていた就職活動
そんな中、中学からは帰国子女&外国国籍の子しか入れない学校に通うことになりました。
周りは同じような境遇の子だったのでとっても楽しんで学生生活を送っていました。
その後の大学も英語で授業を受けて
学年の半分以上が外国人という環境の中で、国際政治や国際経済を学びました。
とっても楽しい中学〜大学までの10年間はあっという間に通りすぎ
気づけば、就職のタイミングでした。
私は帰国後すぐに味わった異文化感が受け入れられず
自分の心地いい環境で10年間やってきたのですが・・・
嫌な思いをしていた10年前の記憶がどこか薄まっていたということに加えて
実際にこの10年間住んでいた国は日本なんだから、今は異文化感もそんなに感じないでしょう!
と気楽に捉え、創業から100年以上経っている日本の企業に絞って就職活動をしました。
③やっぱり英語が話せる自分が好き
会社では英語を話せるのは私含めて数人・・・という環境の中で
やはり異文化に感じることは多くありました。
もちろんこの頃には日本語も話せるので仲間外れにされるようなことはなかったですが
現実逃避をしたくなる日もたくさんありました。
そういう時、英語の音楽、英語の映画、英語の本を読んで
どこか日本の世界をシャットアウトしたがっていることに気づきました。
小さい頃、日本語の勉強をシャットアウトした時のように。
親の都合で行ったアメリカに人生左右されている気がして、それが嫌になった時期もあったけど
結果、今何よりも私を救ってくれる居場所です。
私は単純に「英語」を話せたらいいといっているわけではなく
言語は「逃げ道」という意味でも大きな役割を果たしてくれるんだよということがいいたいのです。
もちろん、英語でなくてもいいですし
韓国語、中国語、スペイン語、イタリア語なんでもいいんです!
ぶっちゃけ、私の場合、英語だっただけで、それがゲームの世界でもいいし、手芸の世界でも◯!
アトピーを治すための腸活ももっと早くやっておけばよかったと後悔した日もありました。
でも遅すぎることなんてないんだと、これからもめげずに頑張って行きたいと思います。
英語も一緒です。
遅すぎるなんてことは絶対にないので
もし「周りに溶け込めない自分が嫌になりそう」
「自分の子供が周りに溶け込めていないのを気にしていそうで心配」などがあれば
一度別のアイデンテティーを探してみるのもいいのではないでしょうか。
二重人格、多重人格、などと聞くとどこかネガティブなイメージのあるかもしれませんが
私はアメリカンなアイデンテティーと日本的なアイデンテティーの2面を持ち合わせている!
と今なら胸を張って言えます。
マコ
コメント